翻訳 バスティアン・ヴァン・アペルドーン(Bastian・Van・Appeldoorn)

「ユーロ危機と新自由主義的欧州の危機:欧州多国籍企業エリートのジレンマ」
翻訳者 高田太久吉

表示・ダウンロード:アペルドーン「欧州危機と新自由主義の危機」(翻訳)

(訳者解題)
この短い論文は、オランダの政治経済学者ヴァン・アペルドーン(Bastian van Apeldoorn)が欧州金融財政危機の捉え方について自説をコンパクトに集約したものです。著者の見解の特徴は、現在の欧州の経済危機の背景に欧州における新自由主義的政策の強まりと、それを促した欧州財界、とくに欧州産業人円卓会議(ERT)の積極的な働きかけという歴史的経過が関係していることを強調していることです。欧州危機の原因あるいは欧州統合の矛盾をめぐっては、我が国では――国際的にも――市場統合を優先するあまり財政統合・政治統合が立ち遅れ、これら二つのプロセスに齟齬が生じたという問題が着目されています。

この立場からすれば、今後財政統合と政治統合を進めることが問題解決の本道であるという結論になります。これに対して、著者は、欧州統合にはもともと社会的市場経済で知られる欧州型社会モデルの継承・発展をめざす潮流と、市場統合が欧州企業の国際競争力の強化、グローバル化への対応に資するという欧州財界の思惑から発する新自由主義的潮流との矛盾があり、1980年代以降、後者が影響力を強めて欧州機関の政策を主導するようになった結果、市場統合においても、域内不均衡問題の処理においても、さらに今回の危機対応においても、赤字国と労働者に犠牲を一方的に転嫁する新自由主義的政策が色濃く打ち出されるようになったと主張しています。
ただし、欧州におけるこれまでの新自由主義は、米英型のそれとは異なり、欧州型福祉国家とその受益者である市民・労働組合を正面から攻撃するのではなく、各国における政治的・文化的多様性をそれなりに尊重することで、域内の経済的不均衡が政治危機に発展して欧州の「統合性」あるいは欧州統合の「正当性」が危機に陥るのを回避してきました。著者はこのような欧州型新自由主義を「埋め込まれた新自由主義(embedded neoliberalism)」と呼んでいます。この名称はすこし分かりにくいですが、現在では欧州における新自由主義を米英型新自由主義と比較する場合、しばしば言及される概念になっています。要するに、著者の理解では、これまで南の諸国、労働者、グローバル化に即応できない農業や文化を始めとする諸分野に一定の配慮を加えながら巧妙に強められてきた欧州型新自由主義が、米国発の金融・経済危機による世界市場の収縮と国際金融市場の逆流から生じた歴史的な経済危機に直面し、その限界性を露呈し、欧州統合をめぐる深刻な政治危機を招いているということになります。
したがって、著者の観点からは、「南」への自滅的緊縮政策の押し付けではなく、欧州型新自由主義の矛盾と限界を直視し、拡大されたEUにふさわしい新しい持続可能な欧州型福祉国家を模索することが唯一の打開策になります。このように、欧州の金融・財政危機の歴史的背景を欧州多国籍企業のグローバル化戦略と、その影響のもとで歴史的に強まってきた欧州型新自由主義の矛盾に目を向けて考察するという著者の観点は、我が国ではこれまであまり紹介される機会がなかったもので、読者の参考にしていただきたいと考え訳出した次第です。なお、ヴァン・アペルドーンには以下著作(編著を含む)を含めたたくさんの業績があります。
Transnational Capitalism and the Struggle over European Integration (2002)
Contradictions and Limits of Neoliberal European Governance(2009)
The Lisbon Agenda and the Legitimacy Crisis of European Socio-Economic Governance: The Future of Embedded Neo-Liberalism, http://www.politicalschence.nl/

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